身体だけが憶えている
私の短所は心配性。
性格の短所は大体それくらい。
大切になればなる程、不安で不安で仕方がなくなってしまう。
今も治そうとはしているけれど、治る見込みがまるでない。
その原因を突き詰めると私が生まれるずっとずっと昔に遡る──
この身体には歳の近い姉がいた。
この身体と同じ、化け物と人間の子供。
其奴はこの身体以上に体が弱くて、家よりも病室で過ごすことが多かったらしい。
そんな奴故に中学を迎える前に医療ミスによる症状の悪化で死んだそうな。
この身体に物心がつく前の話。
いつも其奴の傍にいたらしい。
どんな時も常にベッタリで片時も離れなかったとか。
確かに幼少期の写真を見返した時いつも隣に其奴がいた。
けれど私にはその一切の記憶がない。
其奴を何と呼んでいたのか、どんな話をしたのか、どんな想いで傍にいたのか。
写真を見なければ其奴がどんな顔をしているのかさえわからなかった。
ただ。
私が生まれて間もない頃、あの子は其奴に会いたいと泣いていた日があった。
あの子も私と同様、其奴のことなんて何も覚えていないはずなのに。
ただ無性に存在も定かではない"お姉ちゃん"に縋りついていた。
私もふと其奴のことを考える時がある。
今となっては其奴にも嫌悪が強く出て会いたいと淋しがることはないが(寧ろ死んでくれてありがとう、ざまあみろとすら思う)
同時によく考える。
ずっと隣にはいられないと。
例えお互いが離れようと思わなくても、片時も離れなかったとしても、血が繋がっていようとも。
別れは突然やってくる。
どんな者とどんな形で繋がっていようが結局は独りになってしまうのだ。
……嗚呼、だからかな。
お互いの気持ちも環境も関係も無視して不安が募ってしまうのは。
今この瞬間に嫌われてしまうかも知れない、目を離した隙に死んでしまうかも知れない、何か強い力によって引き裂かれてしまうかも知れない。
──だってずっと傍にいたはずだった血の繋がっている其奴とはもう二度と会うことが出来ないのだから。
其奴の名前も覚えてない。
其奴の顔も覚えてない。
其奴の声も覚えてない。
だけど身体だけが憶えている。
突然の別れ。哀しみ、苦しみ、恐怖、絶望を。
これは本当に治る見込みがない。
だって身体が記憶していることを放棄するのは不可能だ。
自転車の乗り方を今すぐ忘れろと言ったって無理なのと同じ。
きっとこれはトラウマの一種。
長い時間をかけて忘れていくしかない。
だけどその長い時間の中で私は何度も体験し上書きしていくのだろう。
そして今度は私の中にも、ハッキリと刻み込まれていく。
突然の別れ。哀しみ、苦しみ、恐怖、絶望を。